イタリアの物理学者カルダーノは、『De Subtilitate』(1550年)のなかで電気の主題に立ち戻り電気による力と磁力とをおそらくは初めて区別した。1600年にイギリスの科学者ウィリアム・ギルバートは、『De Magnete』のなかでカルダーノの業績について詳細に述べ、ギリシア語単語「琥珀」elektron から近代ラテン語単語 electricus を作り出した[2]。electricity という英単語の最初の使用は、トーマス・ブラウン(Sir Thomas Browne)の1646年の著作『Pseudodoxia Epidemica』の中に帰せられている。ギルバートに続いて、1660年にゲーリケは静電発電機を発明した。日本の平賀源内は、18世紀半ばにエレキテルを発達させた。ロバート・ボイルは1675年に、電気による牽引と反発は真空中で作用し得ると述べた。スティーヴン・グレイは1729年に、物質を導体と絶縁体とに分類した。デュ・フェは、のちに positive(陽)、negative(陰)と称ばれることになる、電気の2つの型を最初に同定した。大量の電気エネルギーの蓄電器の一種であるライデン瓶は、1745年ライデン大学で、ミュッセンブルークによって発明された。ワトソン (William Watson) は、ライデン瓶で実験し、1747年に静電気の放電は電流に等しいことを発見した。
1752年6月にベンジャミン・フランクリンは、 雷を伴う嵐のなか凧を揚げるという有名な、しかしきわめて危険な実験を通じて、電気の研究と理論を進めた。この実験から彼は避雷針を発明し、また雷光と電気とを結ぶ環をつくった。陽電気および陰電気の発明の確立者と見なされるのは、しばしばフランクリンか、もしくはそれほど頻繁ではないがフィラデルフィアのエベネザー・キナズリー(Ebenezer Kinnersley)のいずれかであるといわれる。フランクリンの観察によって、ガルバーニ、ボルタ、ファラデー、アンペール、マックスウェル、オームのような現代の電気技術の基礎を築いた後代の科学者の研究が支えられた。ファラデー、ボルタ、アンペール、およびオームの業績は、その名が電気計測の基本単位にとられている点において栄誉を与えられていることがわかる。
ボルタは、化学反応が正電気を帯びた陽極と陰電気を帯びた陰極をつくるために使用されることを発見した。導体がこれらの間に取り付けられたとき、電位差(ボルト数としても知られる)がそれらの間の導体を通じて電流を走らせる。2点間の電位差は、ボルタの業績を認めてボルト単位で計測される。1800年ボルタは、のちに電池として知られる、大電流を発生させる装置をはじめて設計した。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
電気と近代。とても便利な世の中になりました。
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